フルアニメとリミテッドアニメ

 定義
 フルアニメーションとリミテッドアニメーションという用語は、アニメーションを語るときよく使われる。しかし、その定義については混乱が見られる。
 たとえば、フルアニメは秒24枚の作画でリミテッドアニメは秒8枚の作画である、といった説明がされることがある。
 本来、フルとリミテッドの違いは枚数によるものではないらしいが、日本ではそのように説明が浸透しており、すでに誤用と断言することはできないかもしれない。
 しかし、フルアニメが秒24枚という説明は単純に間違いである。コマ送りして数えてみればわかるが、フルアニメの代表例としてよく挙げられるディズニーアニメは、秒24枚だけでなく秒12枚の作画も多用している。
 厳密な定義をする自信はないが、一応定義を書いておくと、フルアニメは動きの全体を描くものである。それに対し、リミテッドアニメは、目だけや手だけなど部分的に動かしたり、止め絵を使ったりする表現形式である。

 起源
 リミテッドアニメの歴史については後述のUPAから語られるのが普通だが、ここではもっとさかのぼってみたい。
 史上初のアニメが何かというのは、アニメの定義によっても変わってくるが、J・スチュアート・ブラックトンの『愉快な百面相』("Humourous Phases of Funny Faces" 1906年)とされることが多い。
 この作品では、黒板にチョークで絵を描き、それを描き直しては撮影するという手法がとられている。見ていただけるとわかるが、全体ではなく部分が動いている場面が多く、リミテッドアニメだといえる。黒板を使えば一部だけ書き直すのが楽であり、自然とそうなったのであろう。

 動く部分と動かない部分
 その後、紙を使い背景まで描きこまれるようになると、動く必要のない背景をどう処理するかという問題が生じた。
 たとえば、ウィンザー・マッケイの『恐竜ガーティ』(1914年)では、1枚の紙にキャラクターと背景の両方が描き込まれている。そのため、背景も微妙に震えている。
 このような問題に対しては、
 *キャラクターを切り抜いて、背景の上に置く
 *印刷した背景の上に描き、余分な線を塗りつぶす
 *セルに背景を描く
 *セルにキャラクターを描く
といった対策がとられた。セルにキャラクターを描く方法がいちばん簡単なのだが、当時はセルが高価であり権利の問題もあったので、この方法が定着するのにはしばらくかかったようである。
 これらの技術は、まったく動く必要のない背景を動かないようにするためのものである。しかし、これを、キャラクターの一部だけを動かすことに使うこともできる。
 時期的な前後関係ははっきりわからないが、背景を動かさない技術の開発によって、キャラクターを一部分しか動かさないというリミテッドアニメの形が成立した可能性もある。

 スラッシュ・システム
 ラウル・バレの作品は、かなり動きが限定されており、リミテッドアニメだといえる。
 バレが開発した技法に、スラッシュ・システムというものがある。
 『世界アニメーション映画史』の解説では、
「また、バレーは、人物などを書くとき、その全部を描かず手や足などの動く部分だけを描く方法であるスラッシュ・システムも開拓している。14年のことである」
となっているが、まったく違う説明をしている資料もあり、はっきりしたことはわからない。『世界アニメーション映画史』の説明通りであれば、1914年の時点で、動きをリミテッドにしようという意図がはっきり存在したということになる。

 ディズニーアニメ
 フルアニメを説明する時、ディズニーアニメのような、といわれることも多い。しかし、ウォルト・ディズニーのデビュー作、『ニューマンの劇場のお笑い漫画』("NEWMAN LAUGH-O-GRAMS" 1920年)など初期作品は、明らかにリミテッドアニメである。1928年の『蒸気船ウィリー』など初期のミッキーマウス作品も、リミテッド的な色合いが濃い。
 その後、ディズニープロは、ディズニー的フルアニメとでもいうべきものを徐々に確立し、外部にも強い影響を与えることになる。そのような動かし方の教科書として、プレストン・ブレアの『CARTOON ANIMATION』(邦訳『アニメーション・イラスト入門: いきいきしたキャラクターを描こう!』)がある。



エイヴリー派
 テックス・エイヴリーの作品や第1期のトムとジェリーなどは、フルアニメに分類されるが、動かし方はディズニーアニメとは違っている部分がある。止め絵や部分的な動きなど、リミテッド的な手法が取り入れられ、「形態学的TOM&JERRY論」(リンク切れ)で、「抑制されたフルアニメーション」と呼んでいるようなものになっているのである。
 トムとジェリーに関して望月信夫氏は『世界アニメーション映画史』で、フレッド・クインビーによる能率アップの要求がプラスに作用したと指摘している(108p)。

 UPA
 リミテッドアニメを始めたのはアメリカのUPAというスタジオだと説明されることが多いが、リミテッドアニメという用語を誰が使い始めたのかは調べがつかなかった。
 また、フルアニメという用語が、誰によってどのように使い始められたかについても調べがつかなかった。想像で言えば、リミテッドアニメという概念が提唱されることで、対抗するものとして、はじめてフルアニメという概念が生まれたのかもしれない。
 UPAは、ディズニープロを退社したスティーヴン・ボサストウたちによって1940年年代に設立されたスタジオである(UPAという名称になるのは1945年)。
 UPAのリミテッドアニメは単なる手抜きではなく、動きを制限することによってフルアニメとは違う魅力を追求するものであったとされる。
 すでに述べたように、ふり返ってみると、UPA以前のアニメにもリミテッドアニメに分類できるものが多かった。UPAが行ったことは、リミテッドアニメを始めたというよりも、リミテッドであることに積極的な意味を見出したということだといえるかもしれない。
 1953年には、ディズニープロも、UPA的短編リミテッドアニメの『プカドン交響楽』("Toot Whistle Plunk and Boom")を制作している(ただし、物語の枠の部分はフルアニメ)。当時のUPA作品の影響力の強さがうかがえる。

 鉄腕アトム
 『鉄腕アトム』以前に、すでにアメリカでは、省力化の手段としてリミテッドの形式を使ったテレビアニメが存在していた。枚数は秒12枚が基本である。
 それに対し、『鉄腕アトム』は、秒8枚という作画を行い、その後の日本のアニメに大きな影響を与えた。
 秒8枚を基本とする形が当初から計画されていたものだったのかはよくわからない。第1話の秒あたりの枚数を数えてみると、秒8枚のほかに、秒12枚や秒24枚の部分もある。また、秒8枚さえ使っていない極端に枚数を切り詰めた部分もある。秒24枚のシーンは、見せ場でも動きの速いシーンでもない。当初は、どのように手を抜くかの見通しが立っておらず、成り行きで進めていったのかもしれない。

 ちなみに、秒8枚またはそれ以下という作画は、『鉄腕アトム』が初めてではない。初期のアニメには枚数の少ないものが多かった。
 たとえば、1918年の『兵六物語』について、『講座アニメーション2』には、「撮影は三コマ撮りのところが多く、1秒16コマで映写すると少し動きが粗い感じがする」とある。サイレント時代のコマ数ははっきりしない点があるのだが、秒16コマで計算すると、秒5枚程度になり、秒24コマの場合の4コマ撮りと5コマ撮りの中間になる。

 ジブリ作品はフルアニメか?
 ジブリ作品をフルアニメとする見方がある。しかし、多くの部分がリミテッドアニメの手法で作られているのだから、分類としてはリミテッドアニメとするのが妥当であろう。
 しかし、フルアニメとする見方にも根拠がないわけではない。
 ジブリ作品は各部分を見ると、フルアニメの手法で作画されている部分も多い。リミテッド作品としては、フルアニメ部分の比率がかなり高いといえる。
 『太陽の王子 ホルスの大冒険』や『長靴をはいた猫』などの東映動画のフルアニメを見ると、同じフルアニメとはいっても、ディズニーアニメとは動かし方がかなり違う。ディズニー的な動きの誇張が少なく、リミテッドアニメの手法もかなり取り入れられている。
 基本枚数が秒8枚と秒12枚の違いはあるが、ジブリ作品と東映フルアニメの表現はそれほど遠いものには感じられない。少なくとも、ディズニーアニメとUPA作品ほどの違いはないであろう。アニメーションをフルアニメとリミテッドアニメの二つに線引きすることに、それほど意味はないのかもしれない。



リンク

フルとリミテッド



 ビデオはほぼ秒30コマなので、秒24コマのフィルムによるアニメーションの作画枚数を数えるのがちょっとややこしい。参考までにビデオでの数え方の表を載せておきます。
 「○」が動くコマ、「-」が動かないコマをあらわします。4回動いて1回動かなかったら、秒24枚ということです。

24枚 -
12枚 - - -
8 枚 (近似) - - - - - - - -


2004年11月13日
2012年10月27日
最終更新 2013年 6月12日

Hachiとか8270とか名乗っています。

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